大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和49年(ヨ)395号 決定 1974年5月25日

申請人 犬飼宏幸

申請人 犬飼千代子

右申請人ら代理人弁護士 伊神喜弘

同 山本秀師

同 平野保

被申請人 ヤンマーディーゼル株式会社

右代表者代表取締役 山岡淳男

被申請人 株式会社竹中工務店

右代表者代表取締役 竹中錬一

右被申請人ら代理人弁護士 小山斉

主文

一、申請人らが、被申請人らのために、この決定送達の日から一〇日以内に共同で金一〇〇万円の保証をたてることを条件として、被申請人らは、別紙第二目録(一)、(二)記載の土地上に建築中の鉄筋コンクリート造三階建の建物のうち、東棟建物および渡廊下の各三階部分の建築工事をしてはならない。

二、申請人らのその余の申請を却下する。

三、申請費用は、被申請人らの負担とする。

理由

第一、本件申請の趣旨および理由の要旨は別紙のとおりである。

第二、当裁判所の認めた事実

疎明によると次の事実を一応認めることができる。

(一)  申請人犬飼宏幸(以下申請人宏幸という)は、別紙第一目録(一)、(二)記載の各土地を所有し、その両土地上に同目録(三)記載の建物を所有し、同人の妻である申請人犬飼千代子(以下申請人千代子という)と同人らの娘二人(七才、四才)とともに、住居として使用している。申請人らの居住する右建物は大正一〇年ころ建てられたものであり、以降申請人宏幸の先代申請外犬飼幸助が居住し、申請人宏幸は昭和二五、六年ころから居住しはじめ、同千代子は同三九年三月右宏幸と結婚して以来同人とともに居住し現在に至っているが、右建物の南側および南西側の敷地は広い庭となっており、南西側敷地部分(別紙第一目録(二))は洗濯物のほし場としても使用しており、申請人らは、そこに将来子供の勉強部屋を建てることも考えていた。

そして、右建物の周囲には、三階建以上の中高層建築物が存在せず、南側隣接地には、木造平家建社員寮があったが、昭和四四年三月に取毀されて空地となっており、申請人らは今日までその居住する土地および建物に十分な日照、通風等の自然の恵みを享受してきた。

(二)  被申請人ヤンマーディーゼル株式会社(以下被申請人ヤンマーという)および同系会社である申請外ヤンマー農機株式会社の名古屋支店は、両社の独身従業員合計三五名と単身赴任者の収容施設に従来苦慮していた。そこで昭和四八年初めころ、被申請人ヤンマーは独身寮の建築計画を立て、同年六月一二日申請外東洋航空事業株式会社から、前記申請人宏幸の土地の南側に隣接する別紙第二目録(一)、(二)記載の二筆の土地を買受け、独身寮の建築工事を計画し、同年一二月一九日建築確認を受けたうえ、翌四九年一月一六日、申請外日生住宅株式会社(以下日生住宅という)と請負契約を締結し、同日、日生住宅は各種設備工事を除く建築工事につき、被申請人株式会社竹中工務店(以下被申請人竹中工務店という)と下請負契約を締結した。

そして、被申請人竹中工務店は同年二月一二日本件建築工事に着手し、その後若干の設計変更をしたうえ、左のような規模内容の建築工事中であり、同年五月一一日現在、二階部分の工事の段階である(以下左記工事中の建物を本件建物という)。

1、工事名称  ヤンマーディーゼル名古屋支店独身寮新築工事

2、敷地面積  一八五一・二二平方メートル(五五九・九九坪)

3、建築面積  五一六・七三平方メートル

4、延床面積  一二〇五・四四平方メートル(三六四・六五坪)

5、構造    鉄筋コンクリート造三階建一部平家建

6、建物の高さ 九・八五メートル

7、建物の長さ 四五・七一メートル

なお、本件建物南側には、十分な空間があり、本件建物は完全な日照が確保され快適な生活を享受できるよう設計されている。

(三)  地域性と法定制限

申請人ら居住建物および本件建物の存する西春町は、名古屋市の北方に位置し、東は名古屋市から岩倉、江南に至る南北の県道名古屋江南線と名鉄犬山線周辺、西は国道二二号線の通称名岐バイパス周辺、北は岩倉市、一宮市に接するといった交通至便な地域で、将来地下鉄が乗入れられ、ここから名古屋空港へとモノレールによる連絡も計画されており、名古屋市近郊の街として都市化が進行している地域であるが、現在のところ、本件建物の周辺は、建築基準法上の住居地域に指定されている。

本件建物から直線距離で約一五〇メートルのところに、申請外日本電設の鉄筋四階建の寮が存在するが、この建物を除いては申請人らの建物の周囲は平家建又は二階建の建物のみで、総じて低層住宅街を形成している。

ところで、本件建物の敷地は、前記のとおり住居地域に属するから建ぺい率は六〇パーセント、容積率は二〇〇パーセントに制限されているところ、本件建物建築工事計画は、建ぺい率二七・五パーセント、容積率六五・一パーセントと右制限の範囲内である。

(四)  西春町指導要綱

申請外西春町は、「中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によって必要となる公共公益施設の整備促進を図るため、宅地開発等を行なう事業主に対し必要な指導を行なうとともに、協力と応分の負担を要請し、もって『住みよいまちづくり』の実現を図ること」を目的とする「西春町宅地開発等に関する指導要綱」と「宅地開発等に関する指導要綱細則」を制定し、昭和四八年一月一二日からこれらを施行実施している。そして、右指導要綱二項、一六項、同細則二〇項には、その趣旨は別として申請の理由記載のとおりの条項がある。

(五)  当事者双方の交渉の経緯と被申請人ヤンマーの設計変更

被申請人らは、昭和四九年一月一一日本件工事の敷地上において地鎮祭を行なったが、申請人らは、このときはじめて本件建物が建てられることを知った。申請人らは、被申請人らに対し工事中止を求め、以後、同年一月一七日、同月一八日、二月七日、同月八日の四回にわたり、当事者双方で話合いがもたれた。そして、その交渉の過程で、被申請人ヤンマーは、当初の計画では土地境界線より西端一メートル、東端二メートルの位置にあった東棟建物を、結局、西端六メートル、東端七メートル(実際には、西端六メートル、東端六・七二メートル)とし、渡廊下をガラス張りにする等の設計変更をしたが、申請人は東棟の建物を二階建にすること、それができなければ西側の建物について南側の食堂と北側の浴室を置き替えることを要求し、交渉は物別れに終わった。そして、被申請人らはこれ以上の譲歩はできないとして同年二月一二日本件工事に着手した。

又、本件建物の高さについては、当初一〇メートルとして建築確認申請をし、昭和四八年一二月一九日右建築確認を受けたのであるが、前記西春町指導要綱との抵触を避けるため、その後九・九九メートルに変更し、更に、本件仮処分申請後である昭和四九年四月六日、高さを九・八五メートルに変更し、その旨西春町に届出て、確認通知書の変更訂正をなしたものである。

(六)  日照阻害

本件建物が現設計どおりに完成するならば、申請人らの日照享有は冬至においてつぎのような影響を受ける。

1、申請人らの建物南側開口部

(1) 地盤面(GL+-0。以下同趣旨に用いる。)では、午前八時には既に南西角部分が日影となり、九時、一〇時と順次東側に日影が拡大し、一〇時前に完全日影となる。そして完全日影の状態は一二時近くまで続き、一二時ころに一時建物の東側半分の日照が回復されるが、それも午後一時ころまでには順次縮少し、午後一時ころには既に完全日影となり、以後二時、三時、四時と完全日影のままである。

(2) 地盤面からの高さ一・五メートルの面(GL+一・五。)では、午前八時には既に、南西角部分が日影となっており、九時、一〇時と順次東側に日影が拡大し、一〇時前に完全日影となる。一〇時をすぎてから日照が回復し、一一時には完全に回復される。この状態は一二時まで保たれるが、一二時をすぎると、西側から順次東側へと日影が拡大し、午後一時には西側部分三分の一が日影となり、午後二時にはほゞ完全に日影となる。以降完全日影の状態が午後三時、四時と続く。

2、申請人らの建物前面の庭部分

GL+-0で、午前八時に南西部分を日影が覆い、九時、一〇時と東北方向に拡大してゆき、一〇時前には建物前面部分は完全日影となり以後回復することはない。

3、申請人らの西側の土地(別紙第一目録(二))

終日、日照が保障されない。

以上のとおり一応認めることができる。

第三、当裁判所の判断

一、人がその居住する土地建物において日照・採光・通風等自然の利益を享受することは、健康維持や快適な生活環境の確保のために必要であって、この利益の享受は法的保護の対象となりうるものであると解すべく、これが建物等の建築により第三者から侵害される虞れがある場合には、その侵害の内容(程度・目的・害意等)、地域環境、先住関係、当事者双方の利害その他諸般の事情を比較衡量し、被害者の被る被害の程度が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えていると認められる限り、その侵害行為が違法と評価され、加害者に対してその侵害の排除、差止を求めることができると解される。

二、そこで前記疎明事実に照らして本件差止申請の当否につき検討する。

(一)  申請人らは、「西春町民は午前九時から午後三時までの間日照を享有する権利があり、かかる日照の権利を町民が数分間でも侵害された場合、当該町民が自ら同意しない限り、日照侵害に対して受忍すべき義務はない」旨主張する。しかし、西春町指導要綱は宅地開発事業を行うものに対する行政上の指導指針を明らかにしたものにすぎず、行政上の法律関係において直接的な強制力をもつものでもないし、直接民事上の受忍限度を画する基準でもない。又、申請人らの主張のような地域的合意が西春町にあるとも解せられない。従って、本件工事が仮に西春町指導要綱の適用を受けるものであるとしても、被申請人らが申請人らの同意を得なかったとの一事により直ちに日照侵害が受忍限度を超え、違法性を帯びると解することはできない。尤も後述するように、右のようなことが、受忍限度の範囲内か否かを判断する際に、被申請人ら側の事情(害意・誠実さ等)として考慮されることがありうるのは勿論である。

(二)  日照阻害の程度

本件建物が現設計どおりに建築された場合に申請人らの蒙るであろう日照侵害の程度は重大なものであるといわざるを得ない。

即ち、日照を特に必要とする冬至時において、申請人らの建物南側開口部においては、前記のとおりGL+-0では、終日殆ど日影となり、GL+一・五では、完全日照が午前一一時から一二時まで僅か一時間であり、午前九時から午前一〇時までの間と、午後二時以降は完全日影となる。又、申請人らの建物南側の庭部分と西側の土地部分は終日殆ど日照が阻害されることとなる。

かくては、申請人らが、これまで長年にわたって十分に享受してきた日照の利益の大部分を一挙に奪われることとなり、申請人らの快適で健康な生活が著しく損われるであろうことは容易に推測しうるところである。

(三)  地域性

本件建物の存する西春町一帯は、名古屋市近郊の町として都市化が進行している地域ではあるけれども、現状は、申請人らの建物の周囲は未だ平家又は二階建の建物のみの低層住宅街であり、近い将来に、本件建物近辺の中高層化が特に予定されているわけではない。

(四)  当事者双方の交渉の経緯と設計変更の可能性

本件工事が前記西春町指導要綱の対象となるかどうかは一応措くとしても、建築確認申請の段階では、高さ一〇メートルとされており、同要綱二の(三)に該当すること明らかであったのであるから、被申請人らとしては高さを僅か一センチメートル下げることにより右要綱の適用をただ形式的に避けるということでなく、申請人らと事前に交渉し、同人らの同意或は理解を得るよう努力すべきであったというべきである。

又、被申請人らが特に申請人らを害する意図のもとに本件建物を建築しようとしているものではないこと、更に昭和四九年一月一七日から同年二月八日まで約一ヶ月の間、計四回にわたり申請人らと交渉を重ね、その中で東棟建物を若干南側へ下げる等の譲歩をすることにより相当程度の誠意を示したことは窺われる。けれども、未だ本件建物南側には十分な空間が確保されているのであって、その空間が敷地の有効利用或は本件建物が社員寮として保持すべき快適性という点から必要なものであるとしても、申請人らの蒙る前記被害の重大性と比較するならば、更に譲歩して設計変更をする余地のないものとは到底いえないものであった。

(五)  以上の諸事情を総合するならば、本件建物が現設計どおりに建築された場合に、申請人らの蒙るであろう日照侵害の程度は、もはや社会生活上一般に受忍すべき限度を超えているものというべきである。

(六)  なお、申請人らは、全面的な建築差止めを請求しているが、これを主文掲記の限度に限定したとしても、午前中の日照阻害がかなり改善されること明らかであり、本件の場合、この程度の差止めの措置を講ずるのが必要にして十分なものと考えられる。

三、そうとすると、申請人らは、被申請人らに対し、主文掲記の限度において本件建物の建築差止めを請求する被保全権利があるものであり、又、本件建物が被申請人らの設計どおりに完成してしまえば、後日その一部を除去することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性も認められる。

第四、以上の次第であるから、申請人らの被申請人らに対する本件申請は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余はこれを却下することとするが、叙上の認定、判断にかかる具体的事情を勘案すると、右認容部分につき申請人らに被申請人らのために共同で一〇日以内に金一〇〇万円の保証を立てしめるのが相当である。

よって、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上悦雄 裁判官 長嶺信栄 雨宮則夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例